自分はおそらく「懐かしい」という感情をよく知らないのです。過去のあれこれを思い出したくなくて、思い出しそうになるたび、首を振って頭の中から追いやってきました。
にもかかわらずです。
ときおり、自分の記憶にないはずなのに、言いようのない親しみと切なさを覚えるときがあるのです。
この町がそうでした。
初めて訪れた町なのに、その空気ごと、昔の自分がよく知っていたように感じます。
(どういうことだろう?)
こうした感興が自分以外の皆にも起きているのか、それとも、自分だけが感じているのか、「どうです?」と話し合う相手が、残念ながら自分にはいないのです──。
商店街のはずれと思われるところまで来たとき、その言いようのない思いが、あたらしい空気を注入されたように胸の中で膨れ上がりました。
映画館があったのです。
自分の感覚では、映画館というのは多くの人々が集まる繁華街にあるもので、このようなところに、ひっそりとあるのは初めて見ました。
なのに、自分はここにこうして映画館があることを、もうずいぶん前から知っていたように思うのです。
初めてなのに。
おかしな言い方ですが、未来を思い出している気分でした。
遠く離れていた未来に、ふと気づくと到着していて、遠く離れていたから、それは懐かしく、そうしたものは本来、自分の中に含まれているはずなのに、どれほど記憶を探っても思い当たらない。そんな感じでした。
(どういうことだろう)