映画館は、かなり古びていました。
建物は何箇所かひびが走り、塗装が剥がれてしみが浮き出ています。アーチ型にあしらわれた看板らしきものは、とうに色あせ、目を凝らすと、どうにかかろうじて、「月舟シネマ」と読めます。
発券所と思われる窓口がありましたが、無人のようで、何を上映しているのか分かりませんでした。
(廃館したのだろうか──)
それにしては、なんというか──人の気配というか、なにかしら「生きているもの」の気配が感じられます。古びてはいましたが、隅々まで掃除が行き届き、発券所のガラス窓はきれいに磨かれ、壁面や柱も傷だらけではあるけれど、しっかり艶を保っています。
(もしかして、いまさっきまで上映していた?)
そう思うと、いよいよ、「生きているもの」の気配が濃厚になり、それもそのはずで、いつからそこにいたのか、自分の足もとに一匹の白い犬が息をひそめてうずくまっていました。
じつに、おとなしい犬でした。
こちらを見上げ、吠えるでもなくうなるでもなく、どことなく哀しげな目をしているように見えるのは自分の錯覚でしょうか。
青い首輪はリードに繋がれているわけではなく、ということは、飼い主が近くにいるのか、
「君は──」
と犬に話しかけようとしたとき、
「おい、ジャンゴ」
と、どこからか声が響き、映画館の中から──ロビーと思われるところから、見た感じ、自分と同年輩らしき男の人がこちらに歩いてきました。
しかし、彼は自分の方を見ていません。
犬だけを見ていて、こちらの存在など、ないものかのように近づいてきます。しかし、それ自体はいつものことでした。
「こちらのお客さまに、何かご迷惑をおかけしなかったか?」
彼は犬に向かってそう言いました。