なぜ定信は頑なとも見える態度を取ったのか

定信は「皇位についていない人間に皇号を贈るのは先例のない」と唱えたのですが、これは正確ではなく、鎌倉時代には後堀河天皇が、室町時代には後花園天皇が父君に尊号を奉っています。

もちろん定信はこれを承知していて、前者は承久の乱、後者は南北朝の動乱という非常事態によるもので先例にはならない、と説いています。

定信がどうしてこのような頑なとも見える態度を取ったのかについては、諸説があり得るでしょう。

有力な説は、彼が朱子学の立場に忠実だったというもの。儒教は「孝」を道徳の中核に据えますが、儒教の中でも朱子学は、君への「忠」も強調します。この考えに基づいて、天皇に対しても、君主であるご自分、父であっても臣下である典仁親王、という立場を守っていただきたい、ということだったのかもしれません。

もう一つ考慮すべきは、一橋治済の存在です。

将軍の徳川家斉は、実父である治済に対し、「大御所」の尊号を贈ろうとしていました。定信は、朝廷に対して尊号を拒否しているからと、家斉にも同じく「NO」を突きつけました。

定信にとって治済は政敵です。治済の大御所就任を阻止するためにも、典仁親王を太上天皇にするわけにはいかなかったのです。

しかしこのことによって定信は家斉の不興を買い、やがて…と、今回はちょっと難しいお話をご紹介いたしました。

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大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)〜

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