ライブ感覚を楽しんでもらえたら
だから、小説も執筆前にプロット(粗筋)を作りません。歴史小説であれば、実在の人物の足跡や時代背景がわかる年表は用意します。でも本作のようなフィクションでは、何が起こるか、作者自身もびっくりしたいんです。
たとえばどら蔵が江戸で出会う親分。贋作師の親分か、それとも? とワクワクしながら私も書いていて、贋作の手練れの技や騙しのテクニックを披露していくかと思いきや、物語はそこから思わぬ広がりを見せました。
ある夜、親分のところへ、「こんばんは」と旅姿の男がやってくる――この時点で、彼が誰か、どんな役割をするかはまったく考えていません。
この時代に旅する商いといえば、富山の薬売り? 薬は信用第一だから、地方の名士からひそかにお宝を預かって、お金に換えてくれと頼まれるかもしれない。主人公がその手伝いをすれば、面白い人や物と出合うかもしれない。そんなふうに、人間喜劇が弾みをつけ始めました。
お調子者だけど、目利きは筋金入りの主人公どらちゃん。彼によって、登場人物それぞれの考え方や行動も変化していきます。いわば登場人物たちと作者が即興でセッションしているようなもので、危険極まりないやり方だけれど、このライブ感覚を読者に楽しんでもらえたらと思うのです。
