極めて複雑なキャラクター

さて、猟奇的な面ばかり目立つ「レクター博士」だが、そのキャラクターは極めて複雑。音楽や文学をこよなく愛するインテリであるのは勿論、料理人としても一級だし、嗅覚は調香師レベル。タキシードなどの着こなしも見事で、「さすがSirの称号をもつ役者の役作り」と、唸ってしまう。レクター博士の殺人には、ある種の流儀と美学を感じるし、映画における音楽の使い方の巧みなことといったら!

たとえば『RED DRAGON』の残酷極まりない殺人シーンでは、グレン・グールドによるバッハ前奏曲が流れる。その時、私たちは何か神聖な儀式を見ているような気持ちにさせられるのである。人が惨殺されて罪人のようにはらわたを切り裂かれ、ベランダから吊り下げられているのですよ?? そして世界中の度肝を抜いたのは、『ハンニバル』のクライマックスお食事シーン。

皆さんの楽しみを奪わないため詳しくは語らないが、彼が料理するものは、想像を絶するものである。しかしそれを彼は、タキシードで正装し、実に優雅に料理してふるまう。悪趣味極まりないが、ここまで行くと、監督や脚本家の想像力に敬意を感じないではいられなかった。そして、この宴の後のレクターは、クラリス(ジュリアン・ムーア)への「純愛」としか言いようのない行動に出る…。

とにかく「レクター博士シリーズ」は「見ないでは死ねない」映画。アンソニーは彼の中に、私たちの中にもある「善と悪」を見事に融合させ、演じつくした。だからハンニバル・レクター博士は、恐れられながらも世界中のファンの心をとらえたのだろう。

グロやスプラッターが苦手な人には厳しいかもしれないが、それ以上の知的満足と感動を与えてくれる作品だと言い添えておきたい。