悪疫という巨大な不条理の前で

感染拡大初期に、動揺を抑えながら成り行きを見守っている人々の様子は、少し前の私たちと重なる。死者数の増減に一喜一憂し、できることなら大事に至らないでほしいと願っていたのだろう。

『ペスト』著:ダニエル・デフォー/訳:平井正穂(中公文庫)

『ペスト』は主人公のH.F.氏が、悪疫に見舞われたロンドンの様子を仔細に観察して記録する形式をとった”小説”である。デフォーは『死亡週報』など実在の記録を綿密に検討し、体験者から状況を委細にわたって聞いたという。そのため、作中に描かれた内容は可能な限りの現実の資料にもとづいていると考えられている。

1973年に作家の大江健三郎氏はデフォーの『ペスト』について次のように記した。

「デフォーの日誌が記録するのは、悪疫という巨大な不条理の前に立たされることによって、人間として赤裸にひとりそこに実在している事実に直面せざるをえなかった人びとの日常である。悪疫に閉ざされた大都市の人間たちは大いなる監禁状態にあるが、そのなかでは恐しいほどに自由だった」(「悪疫年」より)

当時の「自由」とは、例えば、教会の前で神を愚弄するとか、死を予感していながら神の摂理と恩寵を信じつづける、といったことを指す。信仰が生活の中心にあった中世ヨーロッパの人々と現代の日本に暮らす人々では、科学的な知識や社会背景、心の拠りどころは大きく異なるだろう。しかし、史実に基づく貴重な資料として読み継がれてきたこの本から、私たちが今直面しているのとよく似た困難に、数百年前の人々がどう向き合ったのかを知ることができる。

 

デマに翻弄される市民たち

現代と重ね合わせてみると興味深く思われる場面を、いくつかあげてみよう。

感染の危機を身近に感じたH.F.氏がいちばん初めに考えたのは、「ロンドンに残留すべきか、逃げ出すべきか」「店を閉めないで商売を続けてゆくにはどうしたらいいか」「どうやって無事にきりぬけ生き通せるか」という悩みだった。どれも今、日本中から漏れ聞こえてくる嘆き節ととてもよく似ている。

パニックに陥るとデマを信じてしまうのは、トイレットペーパーを買いに走った現代人だけではない。17世紀のロンドンでは、貴族など余裕のある人々があっという間に郊外へ逃げ出す様子を見て、疎開できなかった貧しい人々は疑心暗鬼になった。

そして疫病が流行る前、数ヶ月にわたってロンドン上空に現れた彗星を思い出し、それが恐るべき異変の前兆だったと受け止め、恐怖にとらわれた。その結果、予言、星占い、巷間の俗説を信じた。政府当局は取り締まりを始めたが、人々の不安は解消されず、いかさま医者や香具師(やし)、怪しげな薬を売っている老婆の後を追っかけ廻し、薬を山のように買いこんでいたという。