手で書き写したものを読んでいた
昨年の大河ドラマで作者の紫式部が主人公に選ばれたように、『源氏物語』が日本を代表する古典文学ということに疑いの余地はないでしょう。ただ、この作品を、「平安時代を代表するベストセラー」と呼んでいいかどうかについては、疑問が残ります。
確かに、平安貴族たちは『源氏物語』を愛読したかもしれません。しかし彼らは当時の日本列島に生きる人々の1%にも満たない。家族や親戚、親しい家来を含めた「貴族社会」に属する人といってもおよそ3000人程度だったでしょう。
そもそも印刷技術のない当時、作品は手で書き写して読むしかなく、実際に手に取って読めた人の数はさらに限られていました。平安時代中期に書かれた『更級日記』には、作者の菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が少女時代に「どうしても『源氏』を読みたい」がために、等身大の仏像を作らせて祈ったというエピソードがあるほどです。
広く『源氏物語』が親しまれるようになったのは、成立から数百年も経った室町時代以降。多くの写本や絵巻物、有名な場面を描いた「源氏絵」などが好まれ、貴族だけでなく武家社会でも人気を集めていきました。江戸時代には印刷技術の発展により、庶民の間にも源氏ブームが起き、今でいう二次創作(翻案作品)や解説書なども誕生していくことに。『源氏物語』はむしろ室町〜江戸時代のベストセラーといえるのではないでしょうか。
昭和初期には、「皇室を侮辱する内容がある」と批判を受けたことも。現代のように原文でも現代語訳でも、またドラマやマンガでも『源氏物語』が自由に楽しめる社会がこれからも続いていくといいですね。
