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介護業界の負の側面ばかり広げたくない

介護の現場には、こうした「優しい世界」が、あちらこちらに広がっています。この仕事が好きな理由のひとつは、そうした優しさを、すぐ近くで感じられるからです。

介護の現場を離れた人からも、「現場を離れたくない」「現場に戻りたいわ」「現場はいいよな」という言葉をよく聞きます。

介護の仕事をする人は、やっぱりお年寄りが大好きな人たちなのです。ぼくもそうです。お年寄りの温かさに、いつも癒やされています。

 

ある日の遅番、定時をとっくに過ぎても終わらない業務に、ぼくはすっかり疲れ切っていました。

「もうヘトヘトだ……今日は限界かも」と思っていたそのとき、認知症の98歳の女性が、ぼくのほうを見て手招きされたのです。

正直、そのときは「今度は何が起きたんだろう……」と、少し警戒しながら近づきました。すると、ニコニコ笑いながら、ティッシュに包まれた入れ歯を「ありがとう」と言って渡してくださったんです。

一瞬、「入れ歯……?」ととまどいましたが、すぐにその意味がわかりました。「ぼくが疲れているのを見て、何かを渡したいと思ってくれたんだな」と思うと、胸がじんわりと温かくなりました。

たとえそれが入れ歯であっても、そこに気づかいと優しさが込められていたら、それは何より大切な贈り物です。その瞬間のことは、今でも忘れられません。