不機嫌は立派なハラスメント

鈴木 私も92歳になり、修道者として70年近く過ごす中で、本当にたくさんの方々と向き合ってきましたけれど、今、心から思うのは機嫌よく過ごすことの大切さです。自分を飾らず、何かに捉われてイライラしたり、ハラハラしたりすることなく、いつもフラットな心でいる人は、周囲の人に癒しを与えるのとともに、自分に困ったことがあったときには誰かが手を差し伸べてくれて、大概は事なきを得るのです。

江原 本当にそうですね……と言いつつ、私自身、いつも機嫌よくいられるかと言えば、そうでもないのですが(笑)。

『最良の人生を生きる法則』(著:江原啓之、鈴木秀子/ビジネス社)

鈴木 私だってそうです。疲れていたりすると自分の機嫌を保てなくなることがありますけれど、そういうときには人に会わないようにしています。どうしても会わなければいけない場合には反面教師のことを思い出すのです。

江原 反面教師がいるのですね。

鈴木 いろいろな人がいますから(笑)。人の悪口ばかり言う人や「足が痛い」「腰が痛い」「食欲がない」と周囲の人に訴え続ける人などを見かけると、不毛だなと思うのです。人の悪口を言っても、体の不調を訴えても問題は解決しません。嫌いならつきあわなければいいのだし、具合が悪いなら体調管理をすればいいのに、どうして人に自分の不機嫌さをアピールするのだろう? と不思議に思って考えてみたことがあるのです。

江原 自分が不機嫌であることをアピールする理由は一つしかありませんよね。要は「構って欲しい」ということなのでしょう。

鈴木 そうです、寂しいのです。でも誰だってみんな心のどこかに寂しさを抱えています。源とかサムシング・グレートと呼ぶ人もいますけれど、そうした人間を超えた存在とつながるために、私たちは寂しさを覚えると言われています。ですから自分だけが寂しいわけではないのだとわきまえる必要があります。第一、自分が不機嫌だからといって場の空気を悪くしたり、不機嫌な態度で人を支配しようとするのは立派なフキハラですよ。

江原 フキハラとは?

鈴木 不機嫌ハラスメントのことです。

江原 ワハハ!(笑) なるほど、不機嫌ハラスメントですか。確かにフキハラはいけませんね。