男と女の距離が縮まる要因とは?

――彩和と野々宮が病院の駐車場で初めて心を通わせるシーンがあります。終盤のクライマックスで秘密を共有するというところを読みながら、あの時にすべてが始まっていたのかと振り返りました。

彩和と野々宮の距離が、初めて縮まるシーンですね。ともすればサラリと読み過ごしてしまうくらい自然に描くために、淡い淡い心の動きを丁寧に文章化して重ねました。2人は共通の出来事を通して大笑いする。男と女が近づく1つの要因として、同じ笑いを共有する、ということがあるように思います。どうでもいいようなことで同時に笑い始めて、笑いのツボが一致する瞬間に、相手に向けた強い共感が生まれます。この人とならわかり合える、という予感も。それは温かな心の交流であり、何の説明もいらないままに、互いが深く理解し合える瞬間でもあります。

――結局のところ、悪人は1人も出てこない。誰も悪くないのになぜ3人が不条理な人生を強いられたのだろう? という読後感が残りました。

誰の中にも悪魔が潜んでいます。間違いなく。一方で、表現の違いはあるにせよ、深い底無しの優しさや愛もある、曲げることのできない正義もある。だから人間関係は複雑で一筋縄にはいかないとも言えるのですが、彩和と俊輔と野々宮のそれぞれの心理を俯瞰してながめる読者には、誰のことも責められないと思いながら読み進んでいただけるように書くことも大きな課題の1つでした。人間の多面性や細かな心理を極限まで探求することによって、物語は不穏な気配をはらみ、うねりを帯びて展開していくのです。