室町幕府の御三家
将軍家の縁戚というと、みんな知ってる「徳川御三家」。歴史好きな方だと、加えて「徳川御三卿」。昨年の大河ドラマ『べらぼう』の敵役、一橋家は御三卿の一つでしたね。
この場合、将軍家とは江戸幕府の徳川将軍家を指すわけですが、では鎌倉幕府、室町幕府はどうだったか。
鎌倉幕府は将軍自体が源氏から藤原、さらに親王、と流動的だったので、将軍家に準じる家が確立することはありませんでした。
一方で室町幕府の場合は、足利本家につぐ名門、という家がありました。
たとえば三管領の一つであり、越前と尾張の守護大名でもあった斯波。それから吉良、今川、渋川、石橋、石塔などの諸家は、格が高い、と広く認識されていました。青山学院大学で教鞭を執っておられる谷口雄太さんは、こうのうち「吉良・石橋・渋川」の三家を、「室町幕府の御三家」と呼ぶことを提唱しています。
そのうち渋川の家名になった土地というのが、伊香保温泉を抱える渋川郷でした。

