二十五日間、家を離れて巡業していた。
この円安にわざわざヨーロッパに行き、ナニあたしが最初に海外に出たときは一ドル二百四十円だったなどとうそぶきつつ、国から国へ、町から町へ、あたしは元気ですよ、七十だけどいくらでも歩けるし、ビールはウマいし、と言ってたのに、日本に帰り(旅はまだ続いていた)、気持ちがネガティブになってるのに気がついた。この旅は無理だったし無意味だった、誘われたからってほいほい引き受けた自業自得だなどと考えていたのは、疲れ果てていたからだと思う。
やっぱりヒトは、身体を酷使すると疲れるのである。旅のよろこびはたしかにあった。思い出すから聞いててください。
まずベルリンで、友人の家に着いたら友人が飛び出してきて抱きしめてくれた。
前に居候してたから慣れたもので、翌朝はキッチンで、いつもやってたように、友人と向かい合って朝ゴハンを食べながら、テレビのニュースや天気予報を見た。外国なのにこんなにくつろいでいていいのかと思うと、観光地に行くより楽しかった。
次はスイスのバーゼルで、去年ケンカ別れした友人と再会して心の重しが溶けてぼうっと温かくなった。
それから、三十年来の古い友人にも再会した。そして古い友人に、仲直りした新しい友人を紹介できた。そしたら古い友人が、あたしたちにビールをおごってくれた。
古い友人の車に乗って、小一時間周辺をドライブしたら、国境を越えてフランス、また国境を越えてドイツ、またフランス、そしてスイス。フランス側のガソリンスタンドにはフランス語で「ボンジュール」と書いてあり、友人がフランス語を話しながら給油した。「アルザス」という標識を見て、「最後の授業」の舞台はここだ、こういうこみ入った土地の話だったのだと、あの読みふるした話を、あたしはやっと理解できた。
