女から女へのメッセージ

村山 もうひとつ、今回の映画は、ところどころに文子が獄中で詠んだ短歌が差し挟まれるのが印象的でした。表には決して出さない、文子の内なる感情が短歌によって心に沁みてきて。

浜野 文子が書き残したものは自伝だけで、他には何も残っていないんです。わずかに自死の直前に刑務所当局との闘いを詠んだ10首未満の短歌があって、それをベースにストーリーを構成したんです。文子の心や感情は短歌から、言葉や思想は予審調書や裁判記録から作り上げました。

村山 鮮烈な人生を貫いた女性なのに、当時の記録はほとんど残っていないのですね。

浜野 ええ。そのせいかどうか、2019年に日本で公開された韓国映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』は、思想的な同志である朴烈を、男として愛して、一緒に死ぬことを望む可愛い女として描いてしまった。「ふざけるな! こんなの文子じゃない! 文子の思想はどこに行った!?」って、この映画を観たときにめちゃくちゃ腹が立って。こんな文子像が世に出てしまうのは絶対に許せなかった。それで、「朴烈とセットではない、文子一人の生き方と思想を撮るぞ!」と覚悟を決めたんです。

金子文子(菜葉菜)と朴烈(小林且弥)の2ショット
思想的な同志だった金子文子と朴烈(パクヨル)(C)旦々舎

村山 監督の映画では、文子は決して「男に尽くす女」ではありません。悲しいかな、日本の女性は一国の首相クラスでも、男性社会に対して愛想笑いを振りまいてしまっていますよね。この映画で菜葉菜さんが演じる文子には、そうした媚がいっさいない。同じ女性として心が震えましたね。

浜野 私はこの作品をシスターフッドの映画にしたかったんです。最初は文子を敵対視していた女性看守も、権力や男社会に対する文子の激しい闘いぶりを目の当たりにして自分の内面が変わっていく。文子が若い女囚に、自分の命よりも大切にしていた万年筆を渡すシーンもそうですね。「考えて、考えて、考えたことを紙に書くんだ」と、万年筆を渡す。「女性が自分の頭で考え、自由に生きる未来」を文子が彼女に託したという思いで、あのシーンを撮りました。

村山 女性たちへのエールが、1本の万年筆に託されているのですね。

浜野 文子があの子に万年筆を渡したように、私はこの映画を今を生きるすべての女性たちに渡したい。私もすでに後期高齢者ですから、この先、そんなに長くないでしょうし。(笑)

村山 何をおっしゃる。(笑)

浜野 いやいや、生きているうちに私が文子から受け取ったバトンを1人でも多くの人に渡せるよう、この映画を観てもらえればうれしいですね。