100年たっても女性の「生きづらさ」は変わらない

村山 私が『風よ あらしよ』を書いたのも、金子文子と同時代に生きた伊藤野枝の生涯が自分自身と重なったからです。きっかけは、ある編集者に「村山さんの書く伊藤野枝を読みたい」と言われたことでした。それを機に瀬戸内寂聴さんが野枝の生涯を描いた『美は乱調にあり』を読み直したら、野枝が節目節目で人生を選択する理由が、私自身が選択してきた理由と見事にハマった。最初の夫と別れた理由や、2人目の夫と別れるきっかけにしても。その間に含まれる恋愛模様や、男に言われた言葉まで驚くほど似ていて。

浜野 そうだったんですか。

村山 さまざまなことが自分の人生と重なって、これは今までにない伊藤野枝が書けるんじゃないかと思い、彼女の人生について調べ始めたら、書き上げるまでに5年もかかってしまって。その間に、日本の社会が100年前にどんどん近づいてきた。私がこの小説を書いていた当時は安倍(晋三)さんが首相でしたけど、街頭演説を聞きに行ったら、物静かなご婦人が「増税反対」というプラカードを持って立っているだけで、警官がその場から連れ出して行く。あたりは柔らかいですけど、まさに口封じ。野枝や文子の時代と同じじゃないかって。

村山由佳さんの写真
(撮影:本社 奥西義和)

浜野 おっしゃるように、あれよあれよという間に、今の日本はどんどん悪くなっている。とくに、この数ヵ月で底が抜けてしまったという感じですね。

村山 そんな世の中に抗議する目的で書いたわけではありませんが、「今、声を上げないで、いつ上げるの?」という気持ちが『風よ あらしよ』を書いているときにはありました。何よりも、100年前の動乱の時代を生き抜いた女性に興味があったのです。

浜野 それは私も同じです。今回の映画を撮る前に、私は金子文子と同時代に生きた尾崎翠や、湯浅芳子と宮本百合子を映画化しています。参政権もなく、女があれほど差別されていた時代に、自分を貫き通して生きた女性に惹かれますね。

村山 女性が声を上げることが、今よりもはるかに難しかった時代ですし。

浜野 今の日本は100年前とぜんぜん変わっていないと思います。むしろ、男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法などができたおかげで、私たちは戦う武器を奪われてしまった。飴なんですよ、男たちがうるさい女を黙らせるための。(笑)

村山 女性も活躍できる制度を作ってやったから、それでいいじゃないかと。

浜野 そう、本来ならば、棍棒を持って暴れるところが(笑)、法律ができたおかげで、女性はなだめられ、声を上げにくくなってしまった。

村山 塗り壁が透明な壁になっただけですよね。

浜野 そう、壁があること自体は変わっていない。

村山 私は男女雇用機会均等法の第1期生ですけど、会社に勤めていた頃は、男性社員の机を拭いてお茶を淹れてましたから。(笑)

浜野 淹れちゃダメ! まず自分から変わらなきゃ。

村山 耳が痛い……。私は金子文子のように個人で戦えないたちで、だからこそ、彼女に憧れるんです。

浜野 いまだに女性は戦えない人が多いんです。以前、私の後ろを歩いていた大学生くらいの若いカップルが、昼ご飯に何を食べようかという相談をしていて、男の子が「何食べたい?」って聞いたら、女の子が「〇〇君が食べたいものでいいよ」って。私、思わず、後ろを振り向いて「てめぇが食べたいものくらい、てめぇで決めろよ!」って怒鳴っちゃった。(笑)

浜野佐知さんの写真
(撮影:本社 奥西義和)

村山 アハハハ!びっくりしたでしょうね!

浜野 今の若い世代にも、そういうことをキチンと教えなきゃいけないんです。

村山 最高! まさに、おっしゃる通りです。