「アルファゼロが指した棋譜が、人間がこれまで指してきたものとまったく違っていたら、400年の将棋の歴史を全否定された気持ちになるのですが、意外とそうでもなく、共通しているところもあったので、ホッとしました」(羽生さん)

AIはいつ棋士を超えるか

重松 この先“AI羽生善治”――羽生さん的な将棋を指すAIが生まれる可能性もあるのでしょうか。

羽生 それにはまだデータが足りないようです。プログラミングするには、対局数が1万から2万局ないと難しいと。私のこれまでの対局数は公式戦で2000局くらい。今後、ひたすら指し続けていけば可能かもしれませんが、そのために対局数を必死で増やすのも本末転倒ですしね。(笑)

新井 美空ひばりさんの話とも重なりますが、羽生さんの将棋も、若い頃から少しずつ変化し、それを人間の場合、「成長」と呼びます。けれど、“時の流れ”を考慮しないAIにその概念はありません。羽生さんの“このときの棋譜”は“このときだけ”のものですし、データを平均化したAIで「羽生さんっぽいものを」というのは違う気がします。

羽生 将来、自分を模したというAIが出てきて、ものすごく強かったら笑っちゃうかもしれませんね。本人は実はたいしたことはなかったのに、と。(笑)

重松 囲碁や将棋、チェスで、人間がAIに負けたことは大きな話題になりました。

新井 1997年にチェスのプログラムである「ディープ・ブルー」が当時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破り、大ニュースになったことがありました。『NHKスペシャル』で見たのですが、棋士の方が口々に「将棋はチェスよりもずっと複雑なので、人間が負ける日は絶対に来ない」と言い切っているなかで、当時、七冠を達成していた羽生さんは、「いや、そうでもないと思いますよ」とおっしゃっていたのが印象的でした。

羽生 あはは、そうでした。

新井 誰でも自分の立場が脅かされるのは不安じゃないですか。それなのに、テクノロジーも含めて、社会のありようをフェアに見ている方だなあと、その頃から尊敬していました。

羽生  いえいえ(笑)。かなり昔から認知科学の専門家たちと交流があり――というのも、私は被験者として脳の実験に協力していたのですが――、その際「ハード面の計算処理能力が上がるという進歩があるだけでも、やがてAIは人間を追い越すだろう」ということを聞いていたのです。1996年の『将棋年鑑』のアンケートで、「いつ頃、AIが棋士を抜かすと思いますか」という問いに、「2015年くらい」と答えたのも、だいたい当たった。

重松 その頃からすでに20年先を予測していたとは……。

羽生 もちろん、外れた予想もあったのですが、当たったところだけ注目されたんですよ(笑)。将棋の世界では、すでに人間がAIから学んでいく時代に入っています。

新井 羽生さんにしても藤井聡太七段にしても、「AIとは10回やったら8回負けますね」と、淡々としていらっしゃる。感情的にならない。そして、将棋ソフトをものすごく研究していますよね。

羽生 AIが導き出す指し手には膨大な量があるので、これからは、そこから人間がどれだけいい鉱脈を見出せるかが問われます。