「AIは間違わない」はありえない
重松 将棋のAIなどは一つの目的に特化したものですが、幅広い分野に対応する汎用のAIとはまったく別物ですか?
新井 「汎用のAI」というものは存在しません。汎用とは、物事をいろいろな観点から見られる、ということですが、AIはどんなに複雑で優れたソフトウェアを搭載していても、コンピュータであり、計算機です。そもそも私たちは「AI」「人工知能」と言いますが、実はこれ、人工知能を実現させるために開発されているさまざまな技術の総称。正しくは「AI技術」なんです。
重松 なるほど。
新井 特定の目的のために蓄積したデータに基づいて最適化するとか、学習したものを再現するといったことを目指しているので、機械翻訳は機械翻訳しかできないし、将棋のAIに囲碁はできません。
重松 羽生さんはご著書のなかで将棋ソフトについて、「問いから正解が導かれるまでが早すぎてブラックボックスになっている」と書いていらっしゃいました。つまり、プロセスがない。
羽生 私は、AIの大量の情報処理は伝言ゲームみたいなものだと思っているのです。たとえば、5人くらいで伝言ゲームをやったら、どこでどう発言が変わったかがわかる。でも、100人で同じことをやったら何が起こったかわからない。開発している人はある程度目星をつけて、AIに学習させる条件設定をして、そのうえでデータ分析をさせていると思うのですが……。
新井 いえ、その条件設定すらAIがやっています。だから余計に人間にはわかりづらくなっているのです。
羽生 へえ、そうなんですか。面白いですね。
重松 昔のSF小説ではコンピュータを「電子計算機」と訳しているものも多かった。それが「人工知能」になると、どうしても「知能」のほうに引きずられるんですよね。そのためか、「AIは間違わない」というイメージをもっている人も多いようです。
羽生 それはまったく違います。たとえば将棋なら、1年たつと、新しいバージョンのソフトは、前のバージョンに7割から8割の確率で勝つと言われています。ということは、その前のバージョンにはミスがあったということ。それが絶えず繰り返されるので、前進はしていますけど、完璧な存在ではありません。
重松 ちなみに、将棋のAIは次の一手を指すとき、どのくらいの読みをするのでしょう。
羽生 棋士の場合、一つの局面で平均80通りの指し手があると言われていますが、AIは1秒に何千万手も読めます。
重松 はあ、すごいなあ……。
羽生 これまでのAIは、高段者の棋士のデータを基礎部分にしていた。つまり、人間が関与していたんですね。ところが、最新バージョンの「アルファゼロ」には人間のデータがいっさい入っていない。純粋にコンピュータ同士の対局で学習を重ね、ものすごく強いものができたんです。
このアルファゼロが指した棋譜が、人間がこれまで指してきたものとまったく違っていたら、400年の将棋の歴史を全否定された気持ちになるのですが、意外とそうでもなく、共通しているところもあったので、ホッとしました。