右から、三浦環、山田耕筰、ボリス・ラス(写真提供:古関正裕さん)

三浦環が吹き込んだ「船頭可愛いや」

「船頭可愛いや」は、音丸を見出した民謡好きのディレクターの押しの強さがヒットにつながったといってよい。古関はクラシック歌謡として出したかったが、その方針で発売していたら、大ヒットにはならなかっただろう。

そのことはのちに現実となって証明されている。昭和14年にクラシック歌手三浦環が「船頭可愛いや」を吹き込んだのである。三浦は、大正時代から「蝶々夫人」のオペラ公演で世界的に認知されていた。その三浦が「船頭可愛いや」を聴き、「これは素晴らしい。ぜひ私も歌ってレコードに入れたい」と希望した。古関は「驚くと同時に欣喜雀躍」したという。

これを受けて古関は、三浦のために「月のバルカロール」という、コロラチュラ(彩色)・ソプラノにふさわしい歌も作曲している。バルカロールとは、イタリア語で船唄という意味である。

コロムビアのレコード盤は、流行歌は黒レーベル、クラシックは青レーベルに分かれていた。古関は「私の青盤レコードは二枚のみだが、その頃コロムビア芸術家としては最高の名誉であった」と述べている。三浦の二曲はヒットしなかったが、古関にとってはクラシックのレコードを出すことができた喜びで一杯であった。


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