のちにプロ野球選手になったある選手の剛速球を見て…

1980年代の漫才ブーム当時のザ・ぼんち(写真提供:吉本興業)
1980年代の漫才ブーム当時のザ・ぼんち(写真提供:吉本興業)

1月31日に発売した本は『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』というタイトルですが、後輩芸人に漫才を指導するために書いた本ではないです。

学生さん、働いている人、転職を考えている人、何かを辞めようとしている人。「しまった」「やっちゃった」とか思ってはる人に、ペラペラと読んでもらったら、どこか1行でもいいヒントになるん違うかなと思ってます。

僕も本来、怖がりだし意志が強い人間ではありません。人生で2度、大きな後悔をしたことで「やり出したことは答えが出るまであきらめたらあかん」と思うようになったんです。

1回目の後悔は、小学3年生の頃。両親が離婚し、母親が出て行きました。それまでけっこう成績良かったんですよ。でも父親と2人になってから勉強が手につかなくなり…。あの時頑張っときゃ良かったのに、中1でやり直そうと思っても追いつけませんでした。親には申し訳ないけども、母親がいなくなったというのは、それくらい当時の自分にきつい出来事だったんです。

ただ、あのまま勉強を頑張っていてもしもっといい学校に行ってたら、高校の同級生だったおさむさんと出会っていませんから、人生はわかりませんね。母親との関係ですか? その後も会いましたし、亡くなった時は葬式を出して、墓も建てましたよ。

もう1回は、興國高校の硬式野球部をやめたことです。地元の中学では4番バッターだったので、いい気になって興國高校の野球部に入部しました。

新刊『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』にサインを書く里見まさとさん
新刊『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』にサインを書く里見まさとさん

でも練習試合で、のちに阪急ブレーブス(現・オリックス・バファローズ)に入団する神港高校の山口高志投手(当時)の剛速球を見て、すっかり気持ちが折れてしまった。結局、2年生で軟式野球へ転向したんです。

軟式野球でも全国大会でそれなりの結果を残したけど、あの時硬式野球を続けていたらどこまでできたのかと。「諦めるのが早すぎた」という思いがずっと付きまとっていました。この後悔があるから怖くてずっと努力し続け、次第に縁と運が向いてきた。70歳を過ぎてもまだ舞台に立っていられるのかもしれません。