家族であっても「個」を尊重
といって専業主婦になる気はありませんでした。若い頃から仕事をしていた私にとって、社会のなかで働くことは生きることそのもの。
それで、関心を寄せていた農業や食問題についての勉強をして、今に至るまで続けているライフコーディネーターとしての活動を始めたのです。少しずつ農村の女性たちとのネットワークを築いていった50代は、いわば私自身の人生における再生期でした。
子どもたちが次々と箱根の家から巣立っていく時期と重なり、自分の時間が増えたことも大きかった。それでも寂しさと無縁だったのは、友人の影響が大きいと思います。
当時、私はヨーロッパの農村を頻繁に視察していて、欧米の女性たちと交流する機会が多くありました。家族であっても「個」を尊重する彼女たちは、精神的に自立して生きることの大切さを教えてくれたのです。
新たな一歩を踏み出した私が、もう一度生き方について考えたのは、60歳を間近に控えた頃でした。周囲の少し年上の人たちが晩年に向けて経済的に、そして体力的にも身の丈に合った暮らしへとダウンサイジングしていたのです。
その姿を見て、私はいつまで今のスピードで走り続けていけるかしら? そろそろ老後の準備をするべき? と自問自答を繰り返しました。その結果、東京のマンションを売却し、箱根の家をリフォームすることを決めたのです。