忘れられないとんかつ屋での出来事
その頃は千葉の団地に住んでいました。
東京のような、まるでマンションのような建物が並んだ洗練された団地でなく、プロパンガスとぼっとん便所が備わった、長屋のような古いやつです。
今振り返れば、決して恵まれている環境ではなかったと思うんですけど、それでもそのときの“食”の記憶はちゃんと残っていて。
忘れられないのが、銚子の「東京軒」というとんかつ屋での出来事。
本に詳しく書きましたが、自分が美味そうにロースカツを食べていた様子を見ていた隣のおじさんが「俺のヒレカツ食うか?」って言ってくれたんです。
でも当時の自分は、母親から「絶対に人からモノをもらってはいけない」と厳しくしつけられていて。
「施しを受けたら何か返さなきゃならないから、絶対にもらうな」「人に頼らず自分の力で何とかしろ」という教育方針だったと思うんですが、それでグッと我慢して断った。
そうしたら後で母親からめちゃくちゃに怒られて。「なんであんな美味そうなヒレカツをもらわなかったんだ!」って。
「どういうこと!?」と狼狽したというか、学んだというか…。
あれは今も鮮烈に覚えてますね(笑)。
『没頭飯』(著:鈴木もぐら/ポプラ社)
飯を語ることは、己を語ること――「食」に対する探求心と愛が凝縮された大人気連載を書籍化。父親・母親との思い出から、部活動、股関節手術、交友関係まで、「食」を通して著者の人生が垣間見られます。語り下ろしエッセイ3本、書き下ろしエッセイ4本も追加収録。2023年にダイエット成功後、我慢せず食べたものをXで紹介し話題を呼んだ「復讐」投稿も収録。装画・挿画は大橋裕之氏(漫画家)。




