ツッコミどころも
なるほど。確かに以前は広くそう認識されていましたね。
なお、この解釈の元は、文政10年(1827年)に完成した、頼山陽の『日本外史』です。すごい。200年の間、命脈を保っていたのですね。
けれども、今にして思うと、ずいぶんツッコミどころがあるような気がします。たとえば(3)。
織田信長が上洛した頃、朝廷はボロボロの状態でした。主要な貴族たちは後援者を求めて地方へ赴いていたから、まず人員が足りない。内実がなかったのです。
「権力はなかったけれど権威があったのだ」という言い方はあります。でも、やはり実力がまるで無いと話にならないと思います。

