瀧波さんの著書『ありがとうって言えたなら』には、母親にがんが見つかり、実家を慌ただしく片づけることになった経緯が描かれている(Ⓒ瀧波ユカリ/文藝春秋)
『ありがとうって言えたなら』

 

家具、洋服、父の遺品……「全部持っていく」

実家を売るのは、母の意思だったと思います。ひとり暮らしが寂しかったのでしょう。以前から、しばしば「家を売りたい」と話していました。実務的に動けないままずるずると来てしまったところで、がんが見つかった。それに寒冷地の北海道では、空き家状態の家はあっという間に劣化します。さまざまな事情が重なり、さっさと手放すことにしたようです。

「実家、ホントに売っちゃうのか。お母さんはあまり思い入れがないのかな」。そんなことを考えながら実家に着くやいなや、母ははっきりとこう言い放ったのでした。「ここにあるものは全部持っていくわよ」。

びっくりしましたね。なにせ転居先は、60平方メートルそこそこの3LDK。実家は2階建て6LDKの一軒家です。

そのうえ、母はひとりで過ごした約10年の間に、大きな家具をバンバン買い集めていました。実家に帰るたび、「見たことない、こじゃれたウッドテーブルだな」「ガラス扉の飾り棚にコーヒーカップが並んでる。ここは喫茶店か!」と、リビングを見回したものです。

母は昔から、家でもばっちりメイクをしているような美意識の高い人だったので、洋服に帽子、靴がどっさり。調理器具、本やアルバム、そして捨て損ねた父の遺品まで“全部”大阪に運ぶと言い張ります。母がこうすると言い出したら、抵抗するのはむずかしい。私は片づけ始める前からへたり込みそうになりました。

 

黄色のボディコンスーツも出てきて

一緒に作業するはずの姉はというと、なるべく母の意思を尊重する人で、「あんまりビシバシ捨てるのはかわいそう」という、ほとんど戦力にならないタイプです。私は3日間しかいられないし、できることをやるしかない。

とはいえ母にひとつずつ「これ必要?」と尋ねていると、ほぼ間違いなく「必要」と言われるはずで、時間がかかって仕方ない(笑)。なので、ボロボロだとかデザインが超古くさいといった理由で「いらない」と判断がつきやすい洋服に絞って、片づけに取りかかったのです。

覚悟はしていたけれど、その量は尋常ではありませんでした。両親と子ども3人のそれぞれのクローゼットが、全部母の服で埋まっていたほど。昔私が住んでいた東京に遊びに来たり、家族でハワイに行ったりするたびに“爆買い”していた母を思い出しました。

なにより、古い服が山のように残っていたことに呆然。私が小学生の時はバブル経済真っただ中、父も羽振りがよかった時代です。母が入念なメイクにソバージュヘアで授業参観に現れた時に着ていた、鮮やかな黄色のボディコンスーツまで出てきました。肩パッドのボリュームがすごかった……。

母の服は、私が買うものと比べると文字通り“ケタ”が違う質のいいものばかり。捨てられないのは理解できるのですが、だからといって誰が着るというのでしょう。