「寝る前にマッサージもお願いしたい」

3つ目は、大手ホテルの会長付き秘書。一次面接は、髪をきりりとまとめた堅物そうな年配の女性が行った。彼女はいくつかの質問のあと、私を見つめて微笑んだ。
「会長は、きっとあなたを気に入ると思いますよ」

二次面接の日、光が燦々と注ぐホテルの喫茶室で待っていると、杖をついた70代とおぼしき老人が前回の女性に付き添われて現れた。よろよろと椅子に腰をおろすと、掬い上げるように私を見つめ、眼鏡の奥の目を細くした。口をラクダのように左右に動かし、それからゆっくり話し始めた。

「出張には同行できますか?海外の場合、1〜2週間は日本を離れますが、大丈夫ですか?」
海外と聞き、一気に私は前のめりになった。
「まったく問題ございません!」
会長の顔にも笑みが広がり、右頬に目立つ老人性色素斑にも皺が入る。私の郷里では、地獄星と呼ぶものだ。
「あなたに決めようと思ってはいますが、もう少し質問をしたいので、今晩8時に電話をします」

8時、というのが不可解だった。しかし会議でもあるのだろうとその時は思った。
果たして定刻に電話は鳴った。

「今、一人?」低音の力ない声が受話器から聞こえた。
「はい」
何故訊くのかと首を傾げた。
「あなたは、彼氏がいるのかな?いるなら別れてくださいね」
唐突過ぎて驚いた。
「どうしてですか?」
心がざわつき、電話機の録音機能をオンにした。
「頻繁に私と出かけることになるので、焼き餅を焼かれると困るんですよ。それに、私の面倒も見ていただきたいから」

“面倒?”
意味を解しかね、「具体的にはどのようなことでしょうか」と尋ねた。
「私は最近、よく転ぶんですよ」
自嘲的に呟いた。
「それと不眠症なんです。ときどき、マッサージを頼むこともあるんですが、プロだとどうも強すぎて……。だから素人の女性のほうが良いと思っているんです。あなたには、特に足のマッサージをお願いしたい」

足のマッサージ? しかも寝る前にする? 
この人の“足”とは、いったいどこまでを指すのだろうか……。

予想外の展開に当惑した。
「いつも何時頃にご就寝なさるのですか?」
「22時、いや23時かな。眠れない時は、朝の5時ということもありますよ。不動産業もやっていますので、心労が絶えないんです。できればあなたには、そういう話も聞いて欲しい……」
「ということは、私は、家に帰れないということですか?」
「そうですね」
さらりと言う。
「私と泊まっていただきます。私が仙台にいる時は、常に一緒に過ごしてください。もちろん、その分お金は差し上げますよ。給料に20万上乗せでどうでしょう」