東京、名古屋、仙台3都市に女を「配備」

一瞬、目がくらみそうになる。しかし、頭を振り、払いのける。まさかと思いつつ訊いてみる。
「前任者の方もしていたのですか?」
「そうですよ。彼女は4代目でしたが、結婚すると言うので手放したんです。いつのまにか、恋人を作っていたんです。でも、彼女の幸せもありますから、退職の際にはご祝儀として、1000万円をあげたんです。『ご主人には内緒にするんだよ。何かあった時に使いなさい』と」

1000万円……。めまいがしそうだ。
私は、気付かれないように溜め息をつき、電話の前で姿勢を整えた。

「会長さんは、奥様はいらっしゃらないのですか」
「いますよ。がんで闘病中なんです。本来ならとっくに死んでいてもおかしくはないのですが、名医に支えられて延命しています。子供達は東京にいますので、実質、私はシングルなんです」
誇らしげに話すのが、理解できなかった。

「でね、相談なんですが、入社する前に私とお付き合いをしていただけますか?」
「お付き合い、ですか?」
「そう。あなたが会社に入ってから私の部屋に寝泊まりするようになると、会社の者が社員に手を出したと騒ぐでしょう。でも私が連れて行けば、誰も何も言わない」

『会長の女』として扱われる訳か!?
とんだ色惚けジジイだと私は思った。

「でも、求人情報誌には、秘書募集ということで掲載されていましたが……」
会長の弱々しい笑い声が、また響く。
「一次面接をした女性がいたでしょう。彼女は、昔からいる従業員で、私のことを良く知っているんです。私は名古屋、東京、仙台にホテルを持っており、住まいは名古屋にあるんですけど、今話した通り、仙台の秘書がいなくなったので、前回来たときに、探しておくように頼んだんです。それで、そのような方法を取ったのでしょう」

ということは、あの女性もグルだったのだ。しかも仙台の秘書がいなくなったと吹聴するというのは、3都市に女を配備しているということなのか。

「仙台には、どの位の頻度でいらっしゃるのですか?」
「今は月に1度か2度です。でもこれからあなたに会いたいと思えば、来る回数も滞在日数ももっと増えるかもしれません」
胸くそ悪いとは、こういうことを言うのだろう。
「すみません。事務であれば自信があるのですが、介添えやマッサージとなると体力的に自信がないので、難しいと思うんです。なので私は、辞退します」。

「20万ではダメですか?それなら30万にしてもいいですよ」
「いえ、金額の問題ではありません」
短い沈黙が数秒あり、会長は独り言のように呟いた。
「そうですかぁ。好みなんですがねぇ……」

私は厭わしい思いを封印するように録音テープを梱包し、秘書という募集に対し、このようなやりとりがあったので、調査して欲しいと一筆を添え、求人情報誌の発行元に送付した。

後日、編集部から電話があり、そのホテルの求人は、今後掲載できないことにしたと報告を受けた。また、会長の性癖は、社内では暗黙の了解となっており、秘書の仕事の中には、夜のお勤めも含まれていたことを認めたという。