震災遺構・門脇小学校に授業で見学に来た小学生たちを案内

さらに自分の中でも、長くモヤモヤするものがあったという。

「どうしても私たち夫婦には『自分たちの不注意で子どもたちを死なせた』という後ろめたさが根底にあって。取材に応えることはあっても、語り部や防災士といった、正面から震災に向き合う仕事や活動は苦しくて、特に私は逃げ続けてきたのです。でも、本当にこのままでいいのだろうか、と考え始めて」

だからこそ、震災遺構での求人を見つけた時には運命だと感じた。一生、逃げ続けては後悔する。綾子さんは数日考えた末、夫に内緒で応募することにした。

「面接官も知った顔ばかりで、緊張しました。本当に大丈夫ですか? 嫌なことを思いだすのでは? と心配してもらいましたが、『よく考えて来たので大丈夫です』と答えて。すぐに採用の電話をもらいました」

この場所に立ち、綾子さんは今年で5年目を迎える。

業務のひとつである解説ガイドの仕事では、津波の爪痕を案内しながら避難の重要性を説く声に、ぐっと熱がこもっていた。見学者たちも、真剣なまなざしでうなずく。それは過去の悲劇ではなく、未来の「いのち」に向き合う仕事なのだ。

「事前申し込み制なので、どこから来るどんな方々か、わかる範囲で情報を集め、より伝わる説明を心がけます。自分の話ではないけれど、自分の言葉で伝えられる奥深い仕事。以前は興味がなかった防災やほかの被災地などについても、勉強したいと思うようになりました」

子育てが終わり、孫が生まれて……と同世代が実りの時を迎えるなか、「自分は違うと思えば悲しい」と、綾子さんは正直な気持ちも打ち明けてくれた。が、周囲に見守られ、日々忙しく、自分の15年もあっという間に過ぎた。それは「とてもありがたいこと」と笑顔を見せる。