お金をかき集めては書店へ

葛藤をよそに、わたしのデルフィニアでの人生が始まった。
(新装版1巻の)帯文に「寝ても覚めても、デルフィニアにいた」と寄せたが、これは決して誇大表現ではない。
仕事中は続きが気になり、あるいはお気に入りシーンを反芻(はんすう)し、家に帰れば何度も何度も読み返した。
眠れば、脳が勝手に作中のシーンを映像化したし(これは嬉しかった)、気になって仕方がない続刊を買う夢に翻弄された。
心はいつだって、デルフィニアを駆け回っていた。

お金が入ると、書店に走った。
求めている巻がなく、何軒もハシゴした。
財布事情により泣く泣く一冊だけ買って帰り、しかしどうしても続きが読みたくて部屋を大掃除してお金を捜し、かき集めたお金を握りしめてまた書店に走ったこともあった。


そんなこんなで全巻揃えるまでに一年近くを要したが、わたしの魂の欠片(かけら)はずっとデルフィニアにいて、離れることなど考えつきもしなかった。
辛いとき寂しいとき、デルフィニアで心を解放して生きたものだった。

 

作家になって版元を訪問

作家になり、初めて中央公論新社を訪れたとき、初対面の担当編集さんを前に「ここってデルフィニア戦記の版元ですよね。すごいすごい」とひとり興奮した。
どこかに茅田(かやた)さんの気配があるのではないかと無駄に深呼吸し周囲を見回し、思い返せばあまりに不審者すぎるのだが、わたしは聖地巡礼をしている気持ちだった。
いまも、ばったり茅田さんに会えるのではないかと淡い期待を抱いている(万が一お会いしたときのために、イメトレは欠かしていない)。
そして今回、帯文とこの解説依頼をいただいたとき、食い気味に「やります、やらせてください」と答えたのだった。
ああ、続きを買いたくて箪笥(たんす)の裏を必死に掃除していたあの日の自分に教えてあげたい……。


おっと、わたしのことはどうでもいい。作品について語らせてもらおう。