実家の一室に作った思い出コーナー。方子さんがかわいがっていた、パグの権兵衛の写真とともに(写真提供:ヨーコ・ゼッターランドさん)

遺品の整理は急がずに

実家の売却はしないと決めてからは、実家にある物を「残す物」と「捨てる物」に仕分けするところから始めたわけですが、これが思いのほか大変で。母は物持ちのいい人だったうえに、実家には物を置いておけるだけのスペースがあったので、極端な話、母が生きた84年分の荷物が保管されているといった感じでした。

特に厄介だったのが膨大な量の写真。母の現役時代のものに加えて、私が大会に出場したときの写真などもあって。試合のパンフレットや私が遠征先から母に宛てた手紙なども残してあったので、まざまざと記憶が蘇ってきて、何度も号泣しました。「今日はもう片づけは無理」と切り上げてしまうこともしばしば。

一番きつかったのは母の日記ですね。母は私のことをコーチの視点で見ることが多く、褒められた記憶があまりなかったのですが、日記では私の成長を喜ぶ記述が随所にありまして。こんなふうに思っていてくれたのかと、母の意外な一面を垣間見て胸が熱くなりました。

かと思えば唐突に「買い物リスト」の書き込みがあるのです。それを見て、「私と日記の使い方がまったく同じだ!」と。あれには驚きました。「DNA恐るべしだね」なんて母に語りかけながら、熟読してしまうわけで、作業は遅々として捗らず。(笑)

でも、途中から急ぐことはないと思うようになっていました。母の死を受け止めるためには、こうやって一つ一つの思い出と向き合い昇華する必要がある。それを経なければ、私は前へ進むことができないのだと悟ったのです。