「脆さ」を内包していた

この崩壊は、しばしば指導者の資質の問題として語られがちです。

しかし、それだけでは説明しきれません。

むしろ重要なのは、朝倉家の支配そのものが、安定と引き換えに脆さを内包していたという点にあります。

多様な勢力を包み込むことで成り立っていた体制は、中心が動揺した瞬間に、それぞれが自立して解体へと向かってしまう性質を持っていたと考えられます。