自分でできるチェックポイント

一人暮らしの方が自分で認知症に気づき、自発的に医療につながるのは、なかなか難しいと思います。ごく初期は自分が認知症かもしれないと認めたくないし、症状が進むと病識がなくなっていくので、病院にはさらに足を向けにくくなるからです。

あえてセルフチェックのポイントを挙げるとすると、「着替えがおっくうになった」「親しい人の顔がうまく思い出せない」「食事の献立のレパートリーが思いつかなくなった」「同時に2つのことができない」「財布が増えた、あるいは財布の中が常に小銭ばかりになった」などの症状が出てきたら、少し気を付けたほうがいいでしょう。かかりつけ医にお願いして、近くの物忘れ外来や認知症疾患医療センターで調べてもらうのがいいと思います。

では実際、どのような形で我々の在宅医療につながった人がいるか、具体例を挙げてみましょう。
 

「在宅療養空間の安定化」とは

Tさんは6年前から物忘れがひどくなりましたが、近くに身寄りがいませんでした。直近3年間は地域の民生委員がずっと見回りを続け、昔からの友人なども面倒を見ていたようです。しかし、家事はなんとかできるけれど、お金の支払いなどがだんだん難しくなってきました。ほかにも持病があったので、地域の民生委員から私に、「在宅で診てほしい」という連絡が入ったのです。

私はお友達感覚で接し始め、月に2回Tさんのお宅を訪ねるようにしました。チームを組んだケアマネジャーがいろいろと頑張ってくれたり、ヘルパーさんが定期的に入って薬の管理をしてくれたりして、状態は徐々に安定。やがてデイサービスにも通えるように。在宅医療、ケアマネ、デイサービスの三者が緊密に連携をとることで、今も自宅で問題なく暮らすことができています。

また別のケースを挙げると、Kさんは認知症はさほど進んでいませんが、糖尿病、高血圧、パーキンソン病を併発していました。そのためたくさんの薬が処方されていたのですが、忘れずに自分で薬を飲むことができなかった。しかも、何度となく転倒してはけがを繰り返すような状態でした。

そんなKさんの様子を見て心配し、私に診察を相談してきたのは、Kさんが住むアパートの大家さんです。ご本人、ご家族とお話をしながら、私はKさんが飲んでいた11種類の薬を、どうしても必要な6種類にまで減らしました。実は多種多様な薬を大量に飲んでいるため、飲み合わせや副作用によって、かえって容体が悪くなっている方がたくさんいるのです。

治療を始めると、Kさんは仲間と一緒に大好きな演歌歌手の追っかけを再開したいという気持ちをばねにして、わずか1ヵ月ほどで日常生活に支障がない程度まで改善しました。
近隣の医療機関への通院が可能なまでに回復し、私のクリニックから無事に卒業した今も、時々電話で様子をうかがっていますが、症状は落ち着いているようです。以前のかかりつけ医に通いながら、歌手の追っかけを再開したということでした。

一人暮らしの患者さんを支えるためには、医師、薬剤師、看護師、ケアマネなどがチームを作り、それぞれの役割の人がたびたび訪問しながら、常に見守っていく必要があります。これらを上手に使えば、根本的な治療が難しい認知症でも、症状が改善することはあります。

私はよく「在宅療養空間の安定化」と言うのですが、そこがうまくいくと、認知機能自体も回復する事例を何度も経験しています。