「ウソも方便」は大我
さきほど自己中心的な考えは小我だと述べました。小我の反対は「大我」です。大我とは相手を尊重する利他愛のこと。今回で言えば、Aが利他愛による行動です。
自分が背負っている十字架がどんなに重く苦しくとも、自分ひとりで背負う。だからあえて過去を打ち明けるようなことはしない。「不倫をしていたことを黙っているのは、夫にウソをつくことになるのでは?」と疑問に思うかもしれませんが、ウソにも小我のウソと、大我のウソがあるのです。
小我のウソというのは、自分かわいさの保身が動機ですから、ついてはいけません。大我のウソというのは、相手のためを思ってのことで、いわば許されるウソ。昔から、ときにはウソをつく必要もあるという意味で「ウソも方便」などと言いますよね。これが大我のウソです。
Aは、夫を苦しめないためにつくウソで、言葉を換えれば、言わぬが花。なんでも正直に話せばいいというものではないのです。
以前、個人相談を受けていた頃、「独身時代にアダルトビデオに出演したことが夫にバレないだろうか」と悩む女性がいました。私はもしバレたとしても、「似ているけれど私じゃない。そんなこともわからないなんて失礼ね」とシラを切るように、とアドバイスしました。もしシラを切れず、自分だとわかってしまったとしても居直る。「それが何? あなたと出会う前のことよ」と。
多くの男性には、「女性にとっての最初の男でありたい」という気持ちがあるもの。「あなたという本当の相手と出会ったから、結婚したの。今はあなた以外考えられない」と言えば、過去にいろいろあったとしても、夫が「最初に出会った、本当の男」だということになります。ウソも方便。相手の心理をちゃんと理解し、言ってほしい言葉を選ぶことが幸せぐせです。
さて、それを踏まえてもう一度今回のテーマに立ち戻りましょう。Aは幸せぐせではありますが、秘密を「墓場まで持っていく」とは、いささか気負いすぎです。メロドラマの主人公のようなストーリーに、酔いしれてはいませんか。
もちろん不倫は悪いことです。けれど過去の行いを申し訳ないと思う気持ちがあって、今は妻として誠実に向き合っているのであれば、もうじゅうぶん。これからの夫婦の幸せを、地道に紡いでいきましょう。






