東京・築地にある聖路加国際病院

聖路加は、かつて地下鉄サリン事件の患者さんを受け入れた経験もあります。今回も新型コロナと向き合い、病院としての使命を果たそうと、院長以下、病院のスタッフが早い段階から新型コロナ感染者を受け入れることを決めました。

毎日、午前9時と午後3時に呼吸器内科、感染症科、救急部、一般内科、集中治療科の5科を中心にいろいろな部署が集まり全体ウェブ会議が行われます。これに薬剤部、防護具などを調達する物品部門、外来に対応する医事課、職員の健康を守る人事課、地域の開業医や保健所と連携する医療連携部門などが加わり、毎回50人ほどが出席して情報を共有し、解決策を協議、院長が迅速に指示を出して対応できる連携体制を構築しました。

医療ドラマではおよそ出てこないような、患者さんの目に触れない部門も集結して、コロナという敵に挑んだのです。

 

治療薬やワクチンなどの“武器”がない状況で

このウイルスが厄介なのは、感染しても8割は軽症で治るのに、症状が出る2日前から発症直後ぐらいまでの間に、ウイルスが咽頭で大量に増殖し、知らない間にヒトにうつしてしまう可能性が高いこと。とはいえ日常生活で、ウイルスを持っている人とすれ違ったり、マスクをつけて短時間話すだけなら、そうそううつる病気ではありません。

しかし医療従事者は、検査や治療のために患者さんにマスクを外させ、喉に管を入れ、あるいは綿棒を鼻に入れてくしゃみをさせ、咳き込ませます。診断のついている患者さんには防護具をつけて対応しますが、無症状を含むすべての患者さんを対象に新型コロナを想定して防御しようとすると防護具の消費が激しくなり、ガウンやマスクが足りないという事態になりかねません。そこから医師や看護師が感染し、院内感染が広がっていく恐れがありました。

しかも通常のインフルエンザと違い、承認された治療薬もなく、ワクチンも開発されていない状況です。重症化を防ぐための“武器”がない中で対処していかなければならないのは、これまでにない経験でした。

当院では、都内で1、2例目の観光客を1月末から、クルーズ船の感染者を2月から受け入れましたが、当初はほかに協力病院が少なかったこともあり、感染者が殺到。世間では「たらい回しにされた」「受診を拒否された」「もっとPCR検査をしろ」といった病院への批判的な報道がなされましたが、病院の中では、毎日闘いが続いていたのです。

方針として、日常の診療業務はできるだけ縮小。それによって時間に余裕のできた科の担当医師が、新型コロナ以外で来院した患者さんを診察したり、PCRの検体採取をするなど、スタッフ総出で最大限の努力をしていました。病院も民間企業なので、通常診療を減らしたことで減収になることは目に見えていましたが、「新型コロナ対応」に徹すると決めたのです。

物的にも人的にも危機が何度もありましたが、私は少しもストレスを感じませんでした。なぜなら病院のみんなが同じ方向を向いて一致団結し、協力体制ができていたから。医療用のフェイスシールドが足りなくなりかけた際は、スタッフが工夫して作ったことも。でも、ほかの病院では外部委託していることもある物品管理の仕事も、当院はベテランの職員の人脈を駆使し、切らすことなく第一波を乗り越えられたのです。