生まれた時から音楽とともに

僕は音楽があたりまえにある環境で生まれ育ったんです。父は高校時代にオペラ歌手を目指していたけれど、結核を患って以前のように声が出なくなってしまい、東京大学へ進学。

しかし音楽への思いを諦められず東京藝術大学へ聴講に通ううちに、ご縁ができて現代音楽の作曲家の本を翻訳したり、自分でも本を書き、卒業後は日本コロムビアに就職し山田耕筰などを担当しました。戦後は音楽雑誌の編集長、そして音楽大学の教授に。

一方、母は鈴木バイオリンという老舗のバイオリン製造会社の娘。母の叔父はバイオリンの才能教育で有名なスズキ・メソードの創始者、鈴木鎮一(しんいち)です。

僕は男3人兄弟の末っ子。兄2人はピアノを習い、僕はバイオリンをやらされました(笑)。洋楽と出合ったのは小学校1年の頃。当時テレビで『ザ・ヒットパレード』という番組が放送されていて(歌いながら)「♪ヴォラーレ」とか「キサス・キサス・キサス」「ティンタレラ ディ ルナ」とか、いろいろな国の曲を日本の歌手が歌っていた。

その影響で、1年生の時に「僕のベスト10」を作って、いつも聞き取った外国語で大声で歌っていたんです。