内省と問いの歌人

世代間憎悪、これほど親子間で重く大きくのしかかる問題はないでしょう。昭和は女は結婚したら専業主婦という価値観がまだ大きかった時代。お嬢様の方が年収も高く、下手したらお嬢様が彼氏様を養う(これも嫌な言葉ですが)ことなど、お父様には想像も選択肢にもなかったことでありましょう。ご両親が夢見た娘のウェディング姿も結婚式もぐっと地味なものになりましょうし、とうの二人は指輪だけでいいと思っていますものね。今あるお金は投資に回して、なんとか子供の一人は育てたい、と。厳しい就職活動を体験したお二人には、結婚式などただのお祭りに見えましょう。世代間には、こうして憎悪が生まれます。引き上げられてしたたれる湯葉のように、重く、湿っぽく、ベッタリと。

しかしこの歌がそれだけで終わらないのは「それでどうする」という言葉が挟まれていることです。米川千嘉子さまを内省と問いの歌人と呼びたい理由はここにあります。
米川千嘉子さまは1980年代後半から90年代の穂村弘さま、俵万智さまといった、口語の軽やかなライトヴァースの歌人と同時代に、思慮深く端正な美しさを持って現れた歌人です。当たり前のことですがバブル期の人間の皆が呑気にはじけていた訳ではなく、一人一人の人格や思惑を持って時代を生きていたことを改めて教えてくれます。

細くかたく鋭いこんな革靴で一生歩いてゆくのか息子

新卒の、格好はいいけど歩きづらそうな革靴。ここにはバブル期にあったような余裕のある空気やファジーな価値観はありません。形よく人に見られるために「細くかたく鋭い」靴に足を通しながら、歩んでいくであろう息子を見る目には、わずかな憐憫こそあれ、踏み込んだ言葉はありません。まるで湯葉の歌のように、そこに理解できない、体験できない可能性を感じながら、じっと見ています。