まず、旅は非日常の時間と空間を味わえる。旅先で見る景色、香る風、聞く音、会う人、いただく料理、すべてが新鮮で、驚きと感動に満ちている。写真や映像で見たものとはまったく違う。その土地土地の歴史や風土や人々の暮らしにちょこっとお邪魔し、想像を膨らませ、いつもと異なる時間の流れに身をゆだねるうちに、自らの些細な不満や不安がいつのまにか解消されていることに気づく。

最初にそれを実感したのは、二十代の頃。どこへ向かう旅だったかは思い出せないが、成田空港を飛び立った飛行機がロシア(当時はソビエト連邦)のはるか上空を飛んでいるときだった。窓に顔を押しつけると、眼下に地上が見えた。よほど天気のいい日だったに違いない。険しい山々、くねった川、ツンドラ地帯かと思われる荒原などが見渡せる。ときおり、山と山の間に集落らしきかたまりが認められた。ああ、あんな厳しい自然の狭間にも人間の営みがあるんだなあ。あの土地で生まれ、あの土地で仕事をし、家族を守り、生涯を終える人もいるだろう。そういう人たちもきっと悩んだり悲しんだり喜んだりを繰り返しながら、懸命に生きているにちがいない。そんなことを考えたら、自分の悩みがなんとちっぽけなことかと思えたのである。

友だちがどんどん結婚していくのに、なぜ自分だけ取り残されているのだろう。自分にはいったいどんな才能があるのか。そもそも才能なんかあるのだろうか。私を生涯支えてくれる王子様はいつか本当に現れるのだろうか。そんな稚拙なことでグズグズ思い悩んでいた時期だった。広大な自然に囲まれた小さな集落を見ていたら、「世界は広いぞ!」とわけもなく勇気が湧いてきた。俯瞰とは、まさにこういうことを言うのかもしれない。旅先に着く前に旅の恩恵をこうむった。