勝家は市に、敵陣に落ち延びるよう伝えたが…
その後、勝家の居城である北庄城(福井県福井市)まで進軍した秀吉軍は4月23日に同城を攻撃するのです。
もはやこれまでと悟った勝家は、女房や姫君、家臣らを集めた「最後の酒宴」を深夜まで催します。
そして妻の小谷の御方(織田信長の妹・お市の方)に明朝、敵陣に落ち延びることを伝えました。
しかし、小谷の御方は泣いて「一樹の陰、一河の流れも他生の縁に依る。たとえ女人たりといえども、心は男子に劣るべからず。諸共に自害」することを懇望するのでした。
これは『天正記』(秀吉に御伽衆として仕えた大村由己が著した秀吉の伝記・軍記)に載る小谷の御方の言葉ですが、なかなか凄まじいものがあります。

