予期せぬ不意の遭遇
私がクマを探して山野に入るときは、常にクマを驚かせないことに最大限の注意を払う。たとえば沢筋を歩いていているときに、川が蛇行して川岸に大きな岩があるとする。その大きな岩の向こうにクマがいるかもしれない。そんな場所では声を出したり、岩の向こう側を遠くから目視できるように沢を高巻きしたりする。あらかじめ私の存在をクマが知ってくれれば「とっさの防御行動」を引き出す可能性はぐっと下がるからだ。
それでもやはり予期せぬ不意の遭遇を何度かは経験してしまった。そのなかでヒグマとツキノワグマ、両種の違いを感じることもあった。それぞれの例をひとつずつあげてみたい。
道東でのことである。林道を歩いていると、通り過ぎた脇の笹薮からガサガサと音がして1頭のヒグマが現れた。立派な体格をした成獣だ。道に出てくると私を上目遣いで見て、のっしのっしと歩いてきた。そのまま止まらずに近づいてくる。私はクマ撃退スプレーを構え、距離が10メートルを切ったところで声をかけた。するとそのヒグマはこちらに視線を残しながらも踵を返し、少し道を戻ってから薮に姿を消した。
この場合は襲おうとしたのではなく、一種の威嚇ではないかと私は考えている。ひょっとすると母グマだった可能性もある。笹薮のなかに子グマがいて、私がそれに気づかなかっただけなのかもしれない。1頭のヒグマが私に向かって真っすぐ近づいてくる姿は非常に恐ろしいもので、本能的な恐怖を感じた。しかしそこには、「これ以上近寄るな」「どこかにいけ」といったヒグマからの意思表示があったように感じる。恐ろしくはあったが、冷静になればそこにコミュニケーションがあったようにも思うのだ。なお、声をかけたことが正解だったか否かは断言できない。刺激しかねない行為でもあるし、ヒグマが引き返した理由が声ではなかったかもしれないからだ。
