人生で一番大変な時期

そんな女3代の生活でしたが、4歳から子役をしていたことが私にとっては救いでした。

祖母の友人が児童劇団「劇団若草」の先生だった縁で劇団に入り、舞台に出るようになったら楽しくって。水谷八重子さんや山田五十鈴さん、森繁久彌さんとも共演しました。家にいると苦しいけど、仕事に行くと楽しかったんです。

「劇団若草」時代の山野海さん(写真提供:ホリプロ)

でも体が大きくなるにつれ、少しずつ子役の仕事がなくなっていきました。さらに中学生になる頃、祖母のおでん屋さんがダメになってしまって。店を売って、祖母と茨城県牛久市へ引っ越すことになったんです。母は東京に残って働き、私たちは茨城で長屋暮らし。この祖母と二人で暮らした15歳くらいまでが、私の人生で一番大変な時期でした。

新橋にいた頃は祖母は朝ご飯を作ってくれたこともなかったし、お風呂も自分から銭湯に行かなければ放っておかれる。牛久に行ってからは母も母で、「会いたい」と言うので常磐線で2時間かけて品川の団地まで会いに行くと、本人は遊びに出かけていていないんです。それで仕方なく牛久に戻ると、今度は祖母がすごく怒っている、みたいな。本当に大変だったんですよ。

外では明るく振る舞っていましたが、家に帰ると祖母に何を言われるかわからない。だからずっと下を向いてニヤニヤ笑っていました。反論すると倍になって返ってくるから、笑っているしかない。とにかく早く大人になって、家を出たかったんです。