「バックルーム」の原型
この「バックルーム」の原型は、2022年、ケイン・パーソンズという当時16歳だったアメリカ人の少年によって作られた。元は、YouTube動画なのである。今も「Kane parsons original」の検索ワードで、4年前に投稿された彼自身による動画「The Backrooms (Found Footage)」を見ることができるが、そのイメージの完成度に驚かされる。今回映画製作会社が巨額の資金を投じて作ったセットのイメージを、当時16歳の少年が作り上げていたのだ。
しかしそのまた原型は、「クリーピーパスタ」と呼ばれる、インターネット上で拡散される都市伝説や怪談だ。クリーピーパスタ専門のサイトもあり、様々な投稿者が他人の投稿を自由にコピーして、短編動画や物語を投稿。主に都市伝説をもとにしたホラー的な素材がひしめいている。『バックルームズ』もクリーピーパスタのひとつだ。
ケイン・パーソンズが立体的に作り上げた薄い黄色い壁と、どこまでも続く天井灯に照らされた長い廊下のイメージは、その種のサイトに投稿された1枚の写真であった。
その写真は多くの人の興味を引き、根源的な恐怖を刺激するようで、夥しい投稿、物語、ショート動画が投稿された。最初の投稿者は今でもわからないそうだ。しかし、数えきれない人々の「何か」を掻き立てたその1枚の写真が、世界を駆け巡るチェーンメールのような様々な投稿を集め、「恐怖の原型」のような物語がやがて蓄積されていく。
おそらくそういった物語は、神話のようなアーキタイプ(典型的な型)に洗練されていったに違いない。
心理学に詳しい人なら、「ミーム」とか、「集合的無意識」という言葉を連想するかもしれない。『バックルームズ』の構造自体が、神話的・本質的な意味をはらむゆえに、観客は根源的な恐怖を感じつつ、「このバックルームは何を意味する場所なのか」と脳をフル回転して考えずにはいられない。だから覚醒してしまう。脳からドーパミンやアドレナリンが分泌され、私たちは次々と投げかけられる「今まで体験したことのない」画面に没入し、虜にならずにいられない。
それにしても、このケイン・パーソンズというやっと21歳になったばかりの監督の才能には驚かされる。もとは様々な人々のアイディアが煮詰まったネット情報だったかもしれないが、カオスのような情報の中から、現代人の精神が内包する不安の原型になりうるような空間の美術を作り出した。クラークとメアリーという、ともに心の傷を抱えた成熟した年齢の人物、またバックルームを生み出した科学者との出会いというドラマとしての構成を与え、インターネットの闇に浮かぶカオスの中から、この前人未到の新しい世界を開拓した。遂にこの映画は、公開1週間でスター・ウォーズを抜いて全米1位となり、世界中で大ヒット。既に3億9000万ドル(約600億~630億円)を稼ぎ出したというが、当然の結果と言っていいだろう。
