渡辺明新名人
8月15日、将棋名人戦七番勝負の第6局にて、渡辺明二冠が豊島名人に勝ち、4勝2敗で初めての名人を獲得した。7月に棋聖戦で藤井聡太棋聖に敗れてから1ヶ月、苦しい将棋も耐えて勝つという渡辺明・新名人の気持ちの強さはどこから来るのか? 今年4月の著作の中で、語った極意とは

※本稿は、『天才の考え方 藤井聡太とは何者か?』(加藤一二三・渡辺明/中央公論新社)の一部を、再編集したものです

「勢いをいかに生かすか」も実力に含まれる

勢いが勝敗を左右する場合はあるのだと思う。

それは、理にかなっていないことではない。

AとBという二つの選択肢があったとする。Aが思いきった手で、Bが凡庸ながらも手堅い手だとする。

成績が悪いときなどはどうしても縮こまってBを選びがちなのに、成績がいいときは押せ押せでAを選びやすい。

それがうまくいく場合は多いし、負けたとしても自分の中では結果を受け入れやすい。トーナメントならともかく、順位戦や七番勝負などなら、それまでの勝ち越しで保険がきいているので、それほど痛い敗戦ではない。

そうした精神的余裕が押せ押せのムードを後押ししてくれる。

野球にしても、一打席目にヒットを打っていれば、次の打席からは思いきったバッティングができ、二本目、三本目のヒットにつなげやすい。

シーズンが開幕したあと、しばらくヒットが出ないと、初ヒットが出るまでに驚くほどの時間がかかってしまうことがある。

将棋にしても、もはや負けられないところまで追い詰められてしまうと、どうしても思いきった手を打てなくなり、マイナスに作用してしまう場合が少なくない。そんなことからいえば、勢いをいかに生かせるかといった部分も実力に含まれるはずだ。

将棋では、トップでタイトル争いをしている棋士たちの技量差はそれほど大きくはない。直近の三か月ほどの成績が良かったとするなら、押せ押せでやれているあいだにどれだけ勝てるかが大事になってくる。

その期間をいかに長くできるかは重要である。そこで守りに入ってしまい、ひとたび負けはじめたりすると、再浮上するのはなかなか難しい。

タイトル戦でも防衛する側より挑戦者のほうが有利だといわれるのは、失うものがあるかないかにも関係しているのだろう。