(写真はイメージ/写真:stock.adobe.com)

新たにお墓をつくったものの、息子たちにとってお墓がどの程度、心の拠り所になっているかはわかりません。僕の死生観も相変わらずで、「死んだら、骨は撒いてもらってかまわない」と今も思っている。

ただ息子たちは、お墓という物理的な場所に、自分のルーツや血の繋がりのようなものを感じているのだろうと思います。

刹那的に生きていると、人は「今が良ければいい」「自分が良ければいい」という価値観を持ちがちです。特に現代は、その傾向が強くなっているようにも感じます。

でも、自分が存在する以前に、確かに自分に命を繋げてくれた祖先がいたのだということを感じるのは、人が生きるうえでとても大切なことだと思うのです。年に一度でもいい、それを感じる場が墓参りなのかもしれません。

以前の僕にとって、お墓は《行かなければならない場所》になりつつありました。でも、《行きたい場所》にすることもできるのだと、改葬して気づいたのです。