ちなみに、三姉妹の次女である妻に「実家のお墓はどうするの?」と聞いたら、「お姉ちゃんがなんとかするんじゃない?」って。
本当に長女の子どもたちが墓を維持できるのか。そういう話し合いをそろそろしたほうがいいんじゃないの、といつも勝手に心配をしているのですが、どうなることやら。(笑)
人は年をとります。どうせ年をとるなら、賢く輝く生き方をしたいもの。僕の職場である東北大学加齢医学研究所では、これを「スマート・エイジング」と呼んで、そのための脳の鍛え方や食生活のあり方などを研究し、提案しています。
脳科学や心理学だけでなく、宗教学も一緒に考える必要があるだろうと思い、最近は宗教学に強く関心を持つようになりました。
人は死ぬ際、いわゆる「お迎え現象」というものがあることがわかっています。死の床にある人が、亡くなった両親や親しい人の姿を目にし、「お迎えに来てくれた」と安心して旅立っていく現象のことです。
学内の宗教学専攻の研究室でこの現象について学問的に研究したところ、「お迎え現象」は自宅で死を迎えた人に起こりやすく、病院で亡くなった人にはあまり起こらないことがわかりました。
病院でギリギリまで延命されるより、自宅で自然のまま旅立つほうが幸せな死を感じやすい、ということなのでしょうか。このあたりはサイエンスしすぎちゃいけないところだと、個人的に思ってはいるのですが。
僕も、死ぬときには両親が迎えに来てくれて、「よく頑張ったね」と褒めてもらいたい、と思っているんです。
ただ、自宅で死ぬためには、この先も妻といい関係でいなければいけない(笑)。お墓を建てたことで、自分がどう最期を迎えたいかも改めて考えるようになりました。