「ただ楽しい楽しいと思っているだけのうちは、本当の意味でその仕事を知らないのではないか。母も突き詰めて絵の仕事をしてきた人だから、僕に伝えてくれたのだと思います。」

「嫌いになるまでやりなさい」

僕の母は画家です。小さい頃から芸術に親しみ、絵を描く母親の背中を見て育ちました。母親は、僕に一度も「絵をやりなさい」と言ったことはなかったのですが、気がついたら僕も油絵を描くようになり、高校時代までは、ずっと美術一本でした。

それが18歳の時に映画『天使にラブ・ソングを2』を観てミュージカルに出会い、音楽に心が傾いていきます。ある日、ドキドキしながら母に「音楽の道に進みたい」と打ち明けました。最初は「親として、将来のことを考えたら不安だ」と、反対されたんです。でも最後には、音楽の道に進むことを許してくれました。

後年、母に「なぜ音楽の道に進むことを許してくれたのか」と聞くと、「私も好きなことを仕事にしてきた人間だから、あなたを止めることはできなかった」と。許してもらった時は「やった、うれしい! 音楽ができる」と、自分のことしか考えられず、そんな母の気持ちを100%くみ取れなかったのですが、その一言に、母の思いが詰まっていたんですね。

その時、もう一つ母がつけ加えました。

「一つだけ守ってほしいことがあるの。音楽の道に進むのなら、嫌いになるまでやりなさい」

最近になってやっと、その言葉の重みが理解できるようになったのです。この仕事をしていると楽しいことばかりではないし、むしろつらいと思うことのほうが多いかもしれません。はたしてこの仕事を続けたいのか、続けたくないのか。心が折れて、違う仕事に就いたほうがいいのではと自問したこともあります。

ほかの仕事でもいいと思えるなら、この仕事は天職ではないということ。自分で白黒をつけるためには、嫌いになるまでその仕事を続ける。そこまで突き詰めないとわからないと、母は18歳の僕に言ってくれました。

僕は「好きこそものの上手なれ」という言葉が好きです。うまくなりたいとか、何かを身につけたいと思う原点には、それが好きだから突き詰めたいという意思があると思います。好きだからこそ何度でもトライできるし、下手でも構わないから続けたい。

母の「嫌いになるまで続けなさい」という言葉と、「好きこそものの上手なれ」がリンクしました。ただ楽しい楽しいと思っているだけのうちは、本当の意味でその仕事を知らないのではないか。母も突き詰めて絵の仕事をしてきた人だから、僕に伝えてくれたのだと思います。

僕は、音楽デビューをした頃に、ペインティング・シンガーソングライターを名乗っていた時期もあります。その後も、芝居と音楽、そして絵を描くことも並行してやってきました。僕の中では、その割合を分けて考えたことはなく、一つの引き出しに全部入っていて、次はこれ、その次はこれ、と使い分けている感じです。

それぞれの取り組み方には違いがあるので、この隙間で音楽をやろう、ここでは舞台、というように、スタッフのみなさんと相談しながらスケジュールの方針を定めていきます。しかし、選んだ道で何をなすかは僕次第なので、責任を持って一つ一つ取り組んでいきたいと思います。