『地図帳の深読み』今尾恵介・著

 

今だからこそ手に取って、心の旅を

──ふらんすへ行きたしと思へども/ふらんすはあまりに遠し

「純情小曲集」にこう歌ったのは、明治生まれの詩人・萩原朔太郎である。それがコロナの時代になって、隣県への旅ですら心理的な距離が遠くなってしまった。そんなご時勢、地図帳を手に、心の旅をするのはいかがだろうか。

濃い緑で塗られた地域を探せば、そこは海面よりも下の土地。干拓で知られるオランダは有名だが、あっと驚くのは、イスラエルとヨルダンの国境沿いにある地球の「裂け目」で、その中心にある死海(湖水の塩分濃度が海水の約10倍で魚が住めない)の湖面の標高はマイナス約400メートルだとか。死海にいる自分の姿を想像するだけでワクワクする。

北の大地の函館と南欧のローマが同じ緯度であるとか、日本より4.5倍広いアラスカと東京都練馬区がほぼ同じ人口の70万人超だとか、オモシロ情報を紹介するのは、『東京凸凹地形散歩』などで知られる地図研究家。「日本で最も長く陸上を走る緯度」の旅まで愉快に道案内してくれる。

地図帳に記された名産品の旅をするのもよかろう。たとえば、旧国名でいうと丹波、摂津、但馬(たじま)、播磨、淡路、美作(みまさか)、備前と日本最多7つの国にまたがる兵庫県の豊岡の名産かばん(かつては柳行李)は有名だが、国宝の天守閣がある滋賀県彦根市の名産は? これがなんと「電気カミソリ」という。福岡県久留米市の名産は、かつては足袋だったのが今はタイヤ。日本足袋株式会社が、タイヤ部門をつくり、日本初の国産タイヤをつくるブリヂストンになるからだ。

昨年8月の刊行からじわじわと注目され、5刷3万6000部。地図帳一冊で歴史の旅までできる。

『地図帳の深読み』

著◎今尾恵介
帝国書院 1800円