大阪大学大学院経済学研究科教授・大竹文雄さん(右)と立命館アジア太平洋大学学長の読書家・出口治明さん(左)
労働の本質や富の蓄積、農業や製造業、商取引や銀行業、国家の政策や公共事業…などあらゆる事象を網羅的に論じ、経済学の基礎を築いたアダム・スミスの『国富論』。中公文庫『国富論』(全3巻/大河内一男・監訳)の新版刊行にあたって実現した、行動経済学者・大竹文雄さんと博覧強記の読書家・出口治明さんの対談の一部を連載でお届けします。見過ごされていた真の主張と指摘の数々は今の社会にも鋭く刺さります。

※本記事は、大竹文雄さんと出口治明さんの対談「アダム・スミスを誤解の海から解き放とう」(『国富論Ⅲ』2020年11月発売・収録)の一部を再構成したものです。

教科書で伝わらなかった「独占」批判と「低賃金」問題

出口 大竹先生が『国富論』を初めてお読みになったのはいつのときでしたか?

大竹 大学一年生のとき、経済学の最初の授業が「アダム・スミスの『国富論』と『道徳感情論』の関係」というテーマだったんです。堂目(卓生)さんの『アダム・スミス』(中公新書)も同じテーマについて書かれた本ですね。あの本を読んだとき、学部生のときに実は重要なことを学んでいたんだなと、懐かしく思い出しました。

出口 僕は大学一回生のときにマルクスを読み始め、最初に読んだのが『経済学・哲学草稿』でした。その頃、京大経済学部で菱山泉先生の授業を聞き、アダム・スミスに関心を持って『国富論』を読みました。当時印象に残ったのは、まず、すごくわかりやすい。そして、ロジカルに書いてある。それから俗にいうマルクスの労働価値説も説明しているということです。「近代経済学のスタートの本」と菱山先生は説明されましたが、近代経済学だけではなく税や国債など近代社会のいろんな問題を網羅的に論じているところがすごいと思いました。人間や社会に対する洞察が非常に深い本ですね。

ところで、『国富論』はかなり古い本です。大竹先生のような現在の第一線の経済学者からはどのように評価されているのでしょうか。

大竹 『国富論』が出版されたのは1776年、アメリカ独立の年です。本書の最後のテーマとして植民地を手放すかどうかに主眼が置かれています。250年近く前の古い内容なのかと思われるかもしれませんが、読み直してみると、結構誤解されてきたなと思いました。

出口 僕もまったく同感です。

『国富論I』(アダム・スミス:著/大河内一男:監訳/中公文庫)