「露営の歌」の広告(『東京日日新聞』)

「前線の勇士『露営の歌』を大合唱す」

古関は帰宅後に未完成であった前奏と間奏の作曲を仕上げている。「勝って来るぞと勇ましく 誓って」の「く」と「ち」の間を息継ぎなしで歌えるかが心配であったが、伊藤久男(ドラマでは山崎育三郎さん演じる佐藤久志)が「これくらい、何でもない。楽に歌えるよ」というので変更しなかった。

出来上がった「露営の歌」は、「進軍の歌」の裏面として、昭和12年8月26日に発売された。

コロムビアが誇る中野忠晴、松平晃、伊藤久男、霧島昇、佐々木章という専属の男性歌手を総動員する形で吹き込んだが、すぐにはヒットしなかった。古関によれば、ヒットのきっかけは発売から2ヵ月後の『東京日日新聞』で「前線の勇士『露営の歌』を大合唱す」という記事が紹介されたことによるという。

陸軍戸山学校軍楽隊が作曲した「進軍の歌」は、長調で明朗な曲であった。これに対して古関の「露営の歌」はヨナ抜き短音階で、暗く哀愁のあるメロディーだが、力強く勇壮な楽曲である。「進軍の歌」は、陸軍大臣杉山元が歌詞カードの題字を書き、8月に大阪毎日新聞社が主催した全国中学校サッカー大会の入場行進曲として使われるなど、「露営の歌」とは大差で優遇されていた。

しかし、大衆は「露営の歌」を支持するようになる。コロムビア文芸部長松村武重は、「(レコード発売から)一月、二月経つとどんどん売れてゆく、どうもをかしいと思つて聞いてみると、買ふ御客は進軍の歌を買ふのでは無く、裏の露営の歌が良くて売れていると云ふので、早速宣伝を『露営の歌』の方へ変へさせ、どんどん売らしたわけです」と回顧する。