自粛中、手に取った本や映画(『たちどまって考える』より。撮影◎ヤマザキマリ)

パンデミックを生き抜くヒントは「母たち世代」にあり

パンデミックというまったく違うものを通じてではありますが、今の私たちも、不条理な理由で死ぬかもしれないという危機感を身近にした時代にいます。戦中、戦後のように木の根をかじって生き延びる状態とは異なりますが、目に見えない微小なウイルスに対して、想像力を使わなければ、そのリスクを管理し、状況を理解することができないという難易度の高いハードルを与えられているのです。

そんななかで「人生とは思い通りにならないもの、どんなことでも起こり得るもの」という母たち世代の考え方は、一つのヒントになるように感じています。実際に私自身もその考えを受け継ぎ、それを基本軸として、これまでの人生をサバイブしてきました。

私たちは家族にしても、結婚や子どもの生き方にしても、そのあり方を「普通はこうあるべき」と世間でつくられたマニュアルを軸に考えてしまうところがあります。そのために、たとえば母親が自分の思う通りに動いてくれなければ、その子どもは「母親らしくない」「母親のくせに」などと不満と寂しさを募らせます。

また親は子どもに対しても「せっかく育ててあげているのに、ちっとも親孝行してくれない」と腹だたしさをぶつけるようになる。子どもが学校でいじめられれば「何故いじめられるようなことをしたの」と弱者である子どもではなく社会の味方につく親も少なくありません。無難な既成概念にすがり、まわりと比較をし、自分の思い通りになっていないことに腹を立てるのです。

しかし、落ち込み続けることは最終的に時間の無駄であり、何の解決にも結びつかないという姿勢を確立していた母の生き方を見てきた私は、「この世界で生きていく限り、どんな思いがけない展開もあり」という心構えを前提に生きていくべきだと思っているわけなのです。