「あざやかな手腕」 林真理子
「桜木さん、すごく腕を上げられたなぁ……」
思わずつぶやいていた。
満場一致の受賞である。圧倒的な迫力だ。
このテの小説は、最近いくらでもある。年老いたり、呆けたりする親の介護をめぐっての家族の物語だ。しかし“このテ”にしなかったところが、桜木さんのすごさである。
姉妹それぞれの描き方が素晴らしい。どちらもしっかりと家庭を営んでいるようで、それぞれに心の闇を抱えている。特に次女の、ゆっくりとアルコールに溺れていく描写には息を呑んだ。まるで自分の喉もアルコールを欲していくように渇いていく。
そうかと思うと、桜木さんは家族とは全く関係ない女性を登場させる。船上でサックスを吹く演奏家と、この家族とがどう結ばれていくのか最初はわからなかったのであるが、ああ、なるほどと思う出会いがあった。
そして最後に、桜木さんは強烈な人物を我々の前に見せる。呆けた母親の姉は、長年温泉旅館で仲居をつとめ、八十を過ぎてもかくしゃくと一人で生きている。まわりからは理想の老後と言われている彼女の物語が、この小説を見事に締めくくった。
老いていくことの哀しさ、家族を持つことの運不運を、この女性が示してくれるのだ。複数のそれぞれ違う女性が出てきて、最後はジグソーパズルのようにぴったりとはまった。その手腕は実にあざやかだった。
思わずつぶやいていた。
満場一致の受賞である。圧倒的な迫力だ。
このテの小説は、最近いくらでもある。年老いたり、呆けたりする親の介護をめぐっての家族の物語だ。しかし“このテ”にしなかったところが、桜木さんのすごさである。
姉妹それぞれの描き方が素晴らしい。どちらもしっかりと家庭を営んでいるようで、それぞれに心の闇を抱えている。特に次女の、ゆっくりとアルコールに溺れていく描写には息を呑んだ。まるで自分の喉もアルコールを欲していくように渇いていく。
そうかと思うと、桜木さんは家族とは全く関係ない女性を登場させる。船上でサックスを吹く演奏家と、この家族とがどう結ばれていくのか最初はわからなかったのであるが、ああ、なるほどと思う出会いがあった。
そして最後に、桜木さんは強烈な人物を我々の前に見せる。呆けた母親の姉は、長年温泉旅館で仲居をつとめ、八十を過ぎてもかくしゃくと一人で生きている。まわりからは理想の老後と言われている彼女の物語が、この小説を見事に締めくくった。
老いていくことの哀しさ、家族を持つことの運不運を、この女性が示してくれるのだ。複数のそれぞれ違う女性が出てきて、最後はジグソーパズルのようにぴったりとはまった。その手腕は実にあざやかだった。
「嫉妬しながら白旗を」 村山由佳
人は、老いる。人生の何から逃げようとも、その運命だけは免れようがない。
自らの老いに焦れ、現実を受け容れられずに苦しむ親たちと、両親の衰えを知りつつももてあます娘や息子たち。誰にだって自分の生活や事情がある以上、感謝の気持ちと鬱陶しさが同居することは当然あり得る。
タイトルが『家族じまい』ときて連作短編集となれば、一家族の構成員がそれぞれの目に映るものを順繰りに語ってゆくのだろうと思いこんで読み始めたのだが、はやばやと裏切られた。予想の斜め上をゆく人物の視点から語られることで、物語世界が縮こまらずに外へとひらける。と同時に、家族も、他人も、所詮は同じ程度の浅い縁であるのだと知らされたかのようで、ふっと気が楽になったりもする。
昨今流行りの「泣ける!」であるとか「大どんでん返し!」などといった、わかりやすい惹句がおよそ付けにくい類いの小説が好きだ。この作品は、〈地味〉が〈滋味〉にも通じていて、とくに最終話の登美子の章など、いったいどうしてこんなものが書けたのかと、著者に半ば嫉妬しながら白旗を揚げるしかなかった。
そうして読後は、好い小説を読ませてもらった時にしか味わえない多幸感にたっぷりと包まれるのだ。キレイゴトなど何ひとつ無いのに、救いが無いわけではない、というあたりが桜木さんの真骨頂だと思う。
もとより大好きな作家の受賞が、これほど嬉しいものとは知らなかった。
自らの老いに焦れ、現実を受け容れられずに苦しむ親たちと、両親の衰えを知りつつももてあます娘や息子たち。誰にだって自分の生活や事情がある以上、感謝の気持ちと鬱陶しさが同居することは当然あり得る。
タイトルが『家族じまい』ときて連作短編集となれば、一家族の構成員がそれぞれの目に映るものを順繰りに語ってゆくのだろうと思いこんで読み始めたのだが、はやばやと裏切られた。予想の斜め上をゆく人物の視点から語られることで、物語世界が縮こまらずに外へとひらける。と同時に、家族も、他人も、所詮は同じ程度の浅い縁であるのだと知らされたかのようで、ふっと気が楽になったりもする。
昨今流行りの「泣ける!」であるとか「大どんでん返し!」などといった、わかりやすい惹句がおよそ付けにくい類いの小説が好きだ。この作品は、〈地味〉が〈滋味〉にも通じていて、とくに最終話の登美子の章など、いったいどうしてこんなものが書けたのかと、著者に半ば嫉妬しながら白旗を揚げるしかなかった。
そうして読後は、好い小説を読ませてもらった時にしか味わえない多幸感にたっぷりと包まれるのだ。キレイゴトなど何ひとつ無いのに、救いが無いわけではない、というあたりが桜木さんの真骨頂だと思う。
もとより大好きな作家の受賞が、これほど嬉しいものとは知らなかった。