その凍り付いた心にひびを入れたのがカメラマンの澤田炯(さわだけい)。帆奈美の中学の同級生で、春先の同窓会で再会したばかりだった。当時の華奢(きゃしゃ)で気弱な面影のない澤田に帆奈美は動揺する。この時に彼女の中に小さな火が点(とも)ったことは間違いないが、同時にもう一つ、女優・水原瑶子(みずはらようこ)との出会いが帆奈美を変えていく。
本書のキーパーソンである瑶子は、いかにも「女優」らしい女優で、存在、生き方がドラマティックだ。
登場場面から人を試すように振舞う瑶子は思うに「女優・水原瑶子」を演じている。そんな彼女に周囲は空気を読み、気を遣いすぎるほど遣う。でも「女優」と認識される彼女が本当に求めているのは世間が抱く「女優・水原瑶子」の「想定外」。だから初対面でそれをやってのけた帆奈美を気にいったのだろう。
これは帆奈美が職業的な勘を働かせた結果であるが、妙なことに瑶子の求めるものはわかっても、自分のことはよくわかっていない。
瑶子に気にいられた帆奈美は、彼女から大きな仕事のチャンスを与えられて、情熱の火がつく。
一旦ついた火がさらに燃えるのに必要なのは新鮮な空気だ。奈良、ロンドン、パリと瑶子のスタイリストとして同行する時、そこには澤田の存在もある。旅先それぞれの場面は独特の空気を捉えた描写も相まって、まるで自分がクルーの一人になったような気分になった。
「で? ナミちゃんの今いちばん欲しいものって、なに」
澤田の問いかけに対する帆奈美の答えは記されない。ラジオのリスナーの「チャレンジ精神を取り戻したい」という質問への回答がそれになるのかもしれない。
ワードローブを見直すこと、本物を身に着けること……ライフ・スタイリスト三崎帆奈美としての提案だが、自分を変えるというのは案外形から始まるものだ。
おそらく帆奈美が欲しているのは、自らを縛る「今」を変えることだろう。
つまり「今」を手放すことで、新しい状況を手に入れられる。帆奈美はすでに方法を知っている。あとは踏み出す勇気さえあればいい。
また、帆奈美にチャンスを与えた瑶子の生き方にも刺激を受けていく。
年上の自立した女性、誰をも魅了する容姿とキャラクター、恋人との別れの記憶、そんな過去も女優としての表現に変えて、さらに輝いていく。
瑶子の放つ光に照らされて、自らの生き方を見つめなおしていく帆奈美。人生は誰とも比べられないけれど、そばに目指す人がいれば自分がどうなりたいかを考えるきっかけになっていく。