(c)JIROCHO, Inc. イラスト:佐野洋子
野心的なシンデレラ、不美人な白雪姫……佐野洋子没後10年の今年、人気作『嘘ばっか 新釈・世界おとぎ話』の新文庫版が出版された。佐野洋子独特のユーモアと毒のきいた、26篇のおとぎ話パロディだ。その中から、「ブレーメンの音楽隊」を配信する

「ブレーメンの音楽隊」

 

わたしは、長いこと、ほんとうにろばのように働いた。おまけに、わたしは、正真正銘のろばだった。

働けるだけ働いたら、あとの余生はのんびりくらしたいと思っていた。この家がなりたつために、わたしの労働がどれほど貢献したかは、倉にぎっしり毎年小麦をつめこんだことだけでも、だれの目にもあきらかだ。

主人たちは、もうじき、若い元気なろばを市場から買ってくるだろう。昔、わたしがこの家にきたときのように。

わたしは、井戸のそばの木かげで一日のんびりはえを追い、夕方になったら、若いろばに、すきのかけかたを教えてやろう。一人前になるのは容易なことじゃないからな。

それから、思い出話もせにゃならん。若い世代に伝えるべきことを伝えるのは、年寄りのつとめだ。主人たちは、毎日、ぬけた歯にいちばん上等なやわらかいとうもろこしを食わせてくれるだろう。

旱魃(かんばつ)をわたしとともに乗りきったことを、忘れてはいないだろうからな。

休みの日には、小さい荷車をひいて、村の祭りに家族じゅうを乗せて行った。おかみさんは、灰色のわたしににあうといって、盛大なひなげしの花束でかざりたてたもんだ。酔っぱらった主人を居酒屋からかついで帰ってきた日は、星が降るみたいな夜だった。

ある日、主人夫婦が、飯を食いながらいっていた。

「あいつも、もうそろそろ、おはらいばこだな」

「このごろじゃあ、年とったろばは、市場でも買手はないわよ。つぶしたところで、肉はすじばっかりだし、皮だって、ところどころはげてちゃあ、皮屋だって、もって行かないわよ」

わたしは、ブレーメンへ行こうと思った。

そして、家を出た。