イラスト:カワムラナツミ
予期せぬタイミングで、見知らぬ人からしつこく責められる。その衝撃は、後々までしこりを残すことになるかもしれません。香川さん(52歳・仮名)の場合、それはバスの中の出来事でーー(「読者体験手記」より)

仁王立ちで車内に響き渡るような大声

地下鉄やバスで座席の譲り合い、というあたたかなエピソードはよく耳にするが、私の場合、今でも忘れられない最悪の思い出がある。

それは今から十数年前、結婚したばかりの頃のことだった。夫婦とも仕事が忙しく、新居を整えることに追われていた私は、その日も仕事帰りに大量の日用品を買い込み、大きな袋を2つも手に提げて、やっとバスに乗り込んだ。

夏の暑い日だったので、疲れと暑さで体が重く、気分がすぐれなかった。やっとの思いで空いていた長椅子タイプの優先席に座る。駅前の停留所で大勢の乗客が乗り込み、たちまち満員になったが、老人が数人車内に立っていることに私は気がつかなかった。

降りるバス停まであと2つというところへきた時、いきなり目の前に、杖をついた老人が立った。そして、仁王立ちで車内に響き渡るような大声で怒鳴り始めた。

「あんた、どんなつもりでそこにのうのうと座っているんだ!」

一瞬、自分に向けられた言葉だと理解できなかったが、老人はいかめしい目つきでこちらを睨んでいた。そこから長い説教が始まった。

「たくさん年寄りが乗っているのに、若い者が席も譲らんとはけしからん! どういう神経をしているんだ。見ろ、ここにいる方はな、すぐにすっと席を立って、わしに譲ってくれたんだ。それが当たり前だろ。わかるか!」

老人のすぐ後ろには、譲ってくれた主と思われる40代前半くらいの男性がいて、次のバス停で降りようとしていた。